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2012年5月26日 (土)

特急白鳥号

 大阪から青森まで日本海縦貫線を走る特急「白鳥」号が廃止されて11年になります。走行距離1000km超と、昼行特急としては破格の走行距離を誇った特急として有名でした。

 先日、昔の切符を引き出しから引っ張り出したところ、この白鳥号に乗車した際の乗車券が出てきて、ふと思い出しました。

Img006 1981(昭和56)年3月10日に乗車した際の切符です。まったく覚えていなかったのですが、乗車した記念に、降車した大阪駅に「使用済み」の判子を押してもらったようです。我ながらマメでした。

 当時、鉄研の合宿が札幌で行われ、終了後に大阪に向かうべく、函館まで特急「北海」~青函連絡船夜行便と乗り継いで、青森から乗車しました。4:50発というのも恐ろしく早い時間です。残念ながら乗車時の写真は一切ありません。途中の新潟で進行方向を変えながら、ひたすら大阪まで乗りとおしました。いまならエコノミークラス症候群に注意しなければなりません。3月でしたので、青森出発時は真っ暗、大阪到着時も真っ暗だったのを覚えています。

0523_4851985012羽越本線を行く上り白鳥号大阪行き。現在はすべて「いなほ」号新潟行きとなりました。「白鳥」という優美な名称とは裏腹に、雪塊をこびりつけ薄汚れたちょっとワイルドな表情です。
羽越本線:羽後本荘(1985年1月12日)

0523_4851985012_2酒田駅停車中の白鳥号。よく見ると 運転席屋根上の前照灯が2本並ぶ北海道向け1500番代です。北海道では過酷な環境に撤退を余儀なくされた1500番代ですが、日本海縦貫線で本領発揮というところでしょうか。おとなりの50系客車も懐かしいです。
羽越本線:酒田(1985年1月12日)

 日本海に沿って関西と青森を結ぶ伝統のある白鳥号でしたが、航空機の利用が一般的でなかった昔はともかく、後年はさすがに1日かけて乗りとおすお客さんは少なかったようです。現在の列車では、「サンダーバード」-「北越」-「いなほ」と分割されますが、このほうが輸送実態にあっているようです。

 1日で片道1000km超を走破するというのも凄いです。西武新宿線の特急「小江戸」なら10往復分です!さすが全国展開する国鉄らしい列車です。東海道・山陽本線なら、東京から広島を通り越して徳山あたりまでとなります。昼行の長距離列車は、利用者の減少もさることながら、JRで分社化されてしまった今となっては、もう無理なのかもしれません。

0523_48519860806青森へ向かう下り白鳥号。長駆青森を目指す白鳥号にとって、このあたりはまだ「助走区間」かもしれません。
東海道本線:山崎~高槻(1985年8月5日)

0523_485198608051ボンネット型の白鳥号。大阪駅北端の11番線ホームは北陸方面への長距離列車が発車し、旅の風情を感じさせる雰囲気がありました。
大阪駅(1985年8月6日)

2012年5月22日 (火)

名阪ノンストップ特急の消滅

 いささか旧聞ではありますが、先の近畿日本鉄道(以下、近鉄)のダイヤ改正で、アーバンライナーによる名阪ノンストップ特急が廃止となりました。それまでは大阪・鶴橋を出ると、終点の名古屋まで停車しなかったのですが、津に停車することになったとのことです。

 「ノンストップ」をやめると言うことは、それだけ利用客が少なくなったと言うことでしょう。沿線に住んでいるわけではありませんので、現在の名阪特急の乗車率がどの程度なのかを実感することはできませんが,津に停車することで、少しでも乗車率を上げようという目論見かもしれません。

0429_12200198608 アーバンライナー登場前の名阪特急。12200系4両編成が「ノンストップ」の看板を掲げて鶴橋を出発してゆきます。奈良線から渡り線を通って大阪線に入ります。この写真を見るだけで、焼肉の臭いを感じます(?)。
鶴橋(1986年8月)

0429_21000081207 「Next」21020系の登場により、21000系も「アーバンライナーplus」に更新されました。同じ年(1988年)に登場し、同じように高速運転で酷使されたJR東日本・常磐線の651系が引退の時を迎え、21000系の今後の動向も気になります。抵抗制御車ですし・・・。
今里(2008年12月7日)

 ネットでいろいろと調べてみると、ノンストップの廃止により、いままでは中川の短絡線通過時に行っていた走行中の運転手の交代も、津停車中に行われるようになったとのことで、またひとつ名物が消えてしまいました。

 長大な路線網を抱える近鉄は、おそらく在阪私鉄の中でも一番経営的に厳しそうで、近鉄を代表する特急ネットワークは貴重な収入源でもあるとのことです。2003年に発刊された鉄道ピクトリアル誌の対談記事の中で、当時すでに「人口減少とライフスタイルの変化」ということで会社側が将来への不安、危機感を持っている旨が記載されています(2003年1月臨時増刊号 特集 近畿日本鉄道 P16~)。
 さらに名阪特急については、沿線人口の減少にともなう利用者数の減少もさることながら、新名神高速道路の開通によるマイカーへのシフトが、じつは大きな影響を与えているとの指摘もあります。
 また自動車産業の中心である名古屋・東海地区の地盤沈下も、少なからず影響があるような気がします。名古屋が元気だった頃、東海道新幹線で大阪まで出張した際、途中の名古屋で車内の7割方のビジネスマンがどどっと下車した光景に驚愕したことがあります。ようやく自動車業界にも活気が戻りつつあり、名阪特急の利用増に結びつけばいいな、と思います。

 今後の名阪特急の行く末が気もなりますが、他系列との併結を考慮しない6両~8両の固定編成では、時間帯によっては空席も目立ちましょう。そう考えると、将来「アーバンライナー」のような名阪特急に特化した車両は作られず、130km/hの高速運転が可能で、かつ乗客数にあわせて柔軟に増解結が可能な「ACE」のような汎用車が名阪特急にも使われるのではないかと予想しています。

0429_dscn0742 「アーバンライナーplus」車端の喫煙室。前面展望のモニターがついています。周りのお客さんに気兼ねなく一服できるのがよいところ。前面展望がモニタで楽しめます。
(2006年12月5日)

2012年5月18日 (金)

EF58 61号機のこと

 先般、天皇皇后両陛下がイギリスを訪問されたというニュースを見て、ふと「お召し列車」のことを思い出しました。お召し列車といえばEF58 61号機です。EF58 61号機といえば言わずと知れた「国宝級」の機関車です(と、勝手に思っています)。すでに実質的に引退となり、大事に保管されているようです。

 私鉄電車大好きな私ですが、年の功(?)で長らく写真を撮っていると、61号機の写真も何枚か残っていました。

0518_43_198010 1980年10月に開催された栃木国体ご出席のために東北本線にお召し列車が運転されました。当時鉄研の先輩、同期に誘われるがままに撮影に繰り出しました。日章旗を掲出し、新1号編成を牽引する、私の唯一の61号機「正装」の姿です。カメラの砲列もなく、のんびりと撮影したことを覚えています。
東北本線 野木~間々田(1980年10月)

0518_ef58611986080518_ef58611986082 夏休みの特別企画(?)みたいな催事で、品川駅のホームで展示されていました。しかし、ただホームに留置しているという感じです。 何よりもホームの上を一般のお客さんは全く関心なさそうに歩いています。私もこんな写真しか撮っていません。もっと真剣(!)に撮っておけば良かったと思いますが・・・。
品川(1988年8月)

 晩年はともかく、昭和の時代においては、お召し専用の「特別な機関車」とはいえ、機械ですのでそれなりに動かさなければ機器のコンディションを保つのも難しくなり、時々は姿を見かけることのできた61号機でした。ある意味では「日常見かける」機関車だったのかな~と、姿を消してしまった今となっては思うのです。

 今後の61号機の行方はどうなるのでしょうか?御料車新1号編成ともども大井工場で人目を偲んで永遠に保管されるのか、大宮の鉄道博物館に移管・保存展示されるのか、あるいはC61のように、あっと驚く奇跡の動態保存(!)となるのでしょうか?

2012年5月15日 (火)

ちょっと残念な京阪9000系

 京阪電気鉄道9000系は、1996(平成8)年に登場した3扉のセミクロスシート車です。7200系の走行システムを継承し、セミクロスシートを配した形ですが、なんと言っても水色の帯が、他の一般車との違いをアピールしていました。

0515_90000812073 6000系から始まる「新・京阪顔」系列の決定版ともいうデザインで、なかなか格好良いと個人的には思っています。なんと言っても水色帯がスペシャルな感じがしますし、7200系との外観上の識別点でもありました。
野江(2008年12月8日)

0515_011_9000199905 「ひらパー」の催事看板を掲げた9000系。クロスシート車とはいえ、特急専用の8000系とは異なり、特急から普通・急行にも使われる汎用性が9000系の真骨頂でした。
守口市(1999年5月)

0515_015_90001999052撮影名所大和田のA線(急行線)をゆく9000系回送。ロングシート化後は他系列8連車と共通して運用されているようです。
大和田(1999年5月)

0515_028_9000199905 クロスシートは2列+1列の固定クロスシートでした。側窓が大きく何だか楽しそうです。側面は水色帯がさらに目立ちます。
中書島(1999年5月)

 9000系は2008(平成20)年に登場した同じ3扉クロスシートの2代目3000系の登場と、中之島線開業によるロングシート車の不足に対応するため全車ロングシートに改造されました。さらには塗装変更もなされました。
 ロングシート化も残念ですが、塗装の変更はもっと残念でした。現行の塗装では9000系を特徴づけた水色帯もなくなり、前面の車番を見なければ7200系と識別するのことができなくなりました(地元の京阪電車愛好家の方々なら識別できますか?)。

 せっかく汎用性を最大限に配慮した「通勤型クロスシート車」として製造されたのに、ロングシート車に改造されてしまい、「ふつう」の通勤電車になってしまったのは返す返すも残念でなりません。僅かではありますが、旧塗装の時代を記録できたことがよかったです。ロングシート車になりましたが、これからも9000系が元気で活躍することを願っています。

 通勤型クロスシート車として製造されながら、ロングシート化された電車と言えば、京浜急行600形も同じですね・・・・。

2012年5月11日 (金)

東京スカイツリーラインを撮りに行く その3

 さて、次に向かったのは梅島駅です。こちらも有名な撮影地ですが、松原団地駅と同様、誰もいませんでした。

0510_img_1157 西新井方を望むとこんな感じで、よく紹介されるところです。やってきた100系は、前面に東京スカイツリー開業までのカウントダウンを表示していました。と言うことは、毎日数字を貼り変えているのでしょうか、手間がかかります。

 ご存知の方も多いと思いますが、梅島駅はホーム幅が狭いため、島式ホームを片面ずつ上下線にずらして配置するという変則的な駅となっています。従いましてホームの先端は一人しか立てません。

0510_img_1152 外側の急行線を通過して行く東京メトロ8000系。6000系をモデファイしたような外観の8000系ですが、半蔵門線を走る車両としては地味な存在のような気がします。ちなみのこのホームからは東京スカイツリーを望むことができます。

0510_img_1162同じく急行線を通過して行く東急8500系を後追いで。田園都市線開業35周年のステッカーが貼ってあります。8500系も登場時はまさか東武伊勢崎線に乗り入れるとは思ってもいなかったでしょう。ひと際けたたましい走行音で爆走していきました。

お天気も曇ってきましたので、逆光の心配もなくなり、長いホームをとことこと歩いて、反対側の五反野方面に行ってみました。こちらののアングルはあまり紹介されないようです。

0510_img_1191_2すっかり東急の顔となった5000系。渋谷駅前に開業したヒカリエの宣伝看板を掲げていました。来年には、この顔が西武線でも拝めるようになるのです・・・。五反野~梅島間はアップダウンがあり、複々線区間の中でも多少変化が感じられます。

0510_img_1177 望遠側いっぱいにズーミングすると、勾配が強調されました。新しい電車と思っていた08系ですが、実際には営団の時代に製造されたのですね。

 なんだか東武伊勢崎線の写真を撮りにいきながら、東京メトロや東急の電車の写真ばかりとなりました。まあそれだけ、いろいろな電車が楽しめるということですが。東京スカイツリー開業後は、大勢のお客さんがスカイツリーを目指して伊勢崎線/東京スカイツリーラインは大混雑!ということになるのでしょうか?開業フィーバー(この言葉も古いですね)も楽しみなところです。

 今回EF70-300 F4-5.6Lを持ち歩いたのですが、やっぱりずっしりと重かったです。手ブレはレンズのISで補正できるのですが(この点は秀逸でした)、垂直・平行を保つようにしっかりと保持するだけで手が震えてしまいます。このレンズに機動性を求めてはいけないことを痛感しました。次は車で三脚も積んで運んでいこうと、軟弱なことを考えています。

2012年5月10日 (木)

東京スカイツリーラインを撮りに行く その2

 春日部から次に向かったのが松原団地駅です。今回、手持ちのEF70-300 F4-5.6Lレンズを引っ張り出して、複々線区間での望遠撮影を試みようと思いました。松原団地駅は比較的有名な撮影ポイントです。獨協大学の学生さんで賑わう松原団地駅ですが、平日ということもあってカメラを構えているのは私だけでした。
 0509_img_1120 30000系+10030系6連による区間準急浅草行き。ほとんどが半蔵門線直通運用から撤退し、地味に地上線用として10000系シリーズと混用されているようです。東武らしい前面デザインは好感が持てます。なによりも電気連結器を上下に2本ぶら下げているが迫力です。

0509_img_1127 6050系区間快速。近年のダイヤ改正で、日中の快速廃止→区間快速変更により、東武動物公園から先は各駅停車(!)となり、日光・鬼怒川方面への所要時間が大幅に増えてしまったのは残念なところです。しかし北千住~春日部間ノンストップというのは、やはり格の違いを見せつけてます。いまや希少となった固定クロスシートで、お弁当やお茶を広げてみんなでわいわいと乗車するのも楽しそうです。

0509_img_1147 200系りょうもう号。太田・桐生といった北関東の工業都市を結ぶビジネス特急ですので、平日に限れば日光方面よりも乗車率が高そうです。ただし、200系の足回りは古の特急車DRCの流用ですので、遠からず更新されそうな(VVVF化?)気配がします。

 最初は複々線ということで、4本の線路がど~んと広がり、線形の良いストレートを豪快に行き交う東武電車を望遠でぐ~んとアップで撮影!!みたいなイメージを想像していたのですが、この東武の複々線区間は上り線と下り線の間に柵&架線柱が立つ、2線+2線みたいな構造でした。見通しが悪く広がりのある写真が撮れません。上記の写真を見ますと、普通の複線区間のように見え、なんだか窮屈そうです。
 その点、やっぱり京阪の複々線が一番楽しいなと思いました(!?)。

0509_img_1130 70㎜側まで広げるとご覧の通りです。個人的にはこれでもOKですが、70㎜ならばわざわざ重たい70-300㎜ではなく、お気に入りタムロンのA09(28-75㎜)でも良かったわけですし・・・。50000系の前面橙色(サニーコーラルオレンジ)は警戒色かと思いましたら、日光・鬼怒川方面優等列車のイメージカラーだそうです。

 当初は松原団地で写真を撮ったらそそくさと帰宅する予定でしたが、なんだか消化不良気味でしたので、もうひとふん張りしてみることにしました。

2012年5月 9日 (水)

東京スカイツリーラインを撮りに行く その1

 いよいよ東武鉄道が社運(?)をかけた東京スカイツリーの開業が迫ってきました。ということで、たまたま草加に所用があり出かけたついでに、久しぶりに東武伊勢崎線(愛称:東京スカイツリーライン)の写真を撮ってみました。
(撮影日:2012年5月8日)

 まず訪れたのは春日部駅です。

0508_img_1076 春日部駅の1番ホーム。良く見ると屋根の高さがバラバラです。窓ガラスもない吹きさらしの跨線橋など昭和の時代そのままの佇まいですが、上下線間に中線があり、跨線橋も南北に2ヵ所、駅本屋・改札口がある相対式の上りホームなど、国鉄(JR)幹線の地方都市の駅のようなゆったりとした構内です。そういえば西武・所沢駅も一昔前はこんな感じでした。

0508_img_1073 東京メトロの03系。5扉車は独特の窓配置です。中線があるので、写真が撮りやすいです。03系も初登場が1988(昭和63)年ですから、早いものでもう24年にもなるのですね。パワーエレクトロニクス技術の発達と情報化により車両のライフサイクルが短くなってきた昨今、そろそろ後継車両の登場が待たれるところですが・・・。

0508_img_1083_2先日の東上線でも見かけた10030系更新車。なんだか小田急1000系に似てきました。区間準急の浅草行きは、浅草駅ホームの有効長の関係からか6両編成のようです。

0508_img_1074 半蔵門線を介して伊勢崎線までやって来る東急8500系。近年登場する車両と比べますととってもシンプルな前面形状ですが、昭和生まれの私としては一番好感が持てる顔つきです。走行音の騒々しさはぴか一でした。

0508_img_1095中線(上り副本線)に200系の試運転列車が停車し、運良く100系との一瞬の並びを撮ることができました。100系、200系とも前面にスカイツリー開業の表示を貼っていました。100系も塗装が変更されて新鮮な感じです。

 春日部駅は「電鉄」ではなく、貨物列車も運転される「鉄道」会社として創設された東武鉄道の歴史を色濃く感じさせる構内でした。伊勢崎線と野田線が接続する一大ジャンクションであり、本来であれば駅ビル、駅ナカ、東西をつなぐ自由通路を擁する駅であってもおかしくない規模ですが、いまだに昔の幹線駅の雰囲気を漂わせていました。客車列車が来ても似合っちゃいそうです。
 一方で、やって来る電車は多岐に渡り、結構楽しめます。
 春日部市のホームページを見ますと、埼玉県、春日部市、東武鉄道との間で、この春日部駅の立体化について検討を進めているようですが、工事の着手にはまだまだ時間がかかりそうです。従いまして当分は幹線駅の雰囲気を楽しめそうです(地元や駅利用者の方々には不便かもしれませんが・・・)。

2012年5月 5日 (土)

東急東横線 定点撮影

 来年にはいよいよ東京メトロ副都心線との相互乗り入れを開始する東京急行東横線の定点撮影の記録です。と言いましても、1981(昭和61)年、今から31年前の撮影ですが・・・。

 この年の6月、系列の伊豆急行にリゾート21(2100系)の第2編成が増備された際に、「田園都市線開通20年記念号」として東急線内で運転されました。系列とはいえ他社の新車を納入前に走らせてしまうというのも凄い話ですが・・・。この「東急線内を行くリゾート21」の写真を撮りに出かけたときの記録です。土地勘のない東横線ですが、都立大学と自由が丘の中間あたりでカメラを構えてみました。ほかに写真を撮っている人があまりいなかったのを覚えています。同じアングルの写真の羅列になりますがご笑覧ください。

0503_8000198606 8000系。帯も何もないシンプルな外観です。こうして見ると、東急8000系は南海6200系にそっくりです(同じ東急車輛製ですが)。写真の8015Fは東急廃車後伊豆急に譲渡され、4両編成となって活躍しています。

0503_8500198606 田園都市線での活躍が続く8500系ですが、東横線でも運用されていた頃です。一大勢力を誇った8500系も廃車が続き両数が激減しています。この8611Fは2006年に廃車となったのち海を渡り、現在はインドネシアで活躍しております。

0503_80901986068090系の第1編成。8000系列と比べますと、とっても前面展望が良さそうです。「桜木町」行きというのも、今では見ることができなくなりました。8091Fは短編成化の上秩父鉄道に譲渡され、7500系として活躍しています。

0503_3000198606 営団地下鉄3000系。上記の東急8000系シリーズと比べますと、明らかに時代の違いを感じさせますが、ステンレス車ながら、おでこのてかてかとした丸みがいい感じです。写真はトップナンバーの3001Fで、営団廃車後は長野電鉄に譲渡されましたが、トップナンバーと言うことで現在の東京メトロに里帰りし、綾瀬工場で復元・動態保存されているそうです。

0503_2100198606 本命の伊豆急2100系。当時としては(今でも?)内外装、カラーリングともに非常に大胆なデザインで有名です。日頃見慣れない派手な電車の登場に、沿線の人たちへのインパクトも大きかったのではないかと想像されます。この2100系第2編成は2009年に引退、廃車となりました。

 ふと思いついて、写真の車両たちのその後の履歴も調べてみたのですが、営団3000系は別格として、東急8000系列は、さすがにステンレス車体の物持ちのよさから今でも各地で活躍しているのはさすがです。逆に製造年次の新しい伊豆急2100系が廃車になってしまいました。100系から流用された機器の劣化、塩害による車体の劣化が理由とのことです。ということは、2100系もステンレス車であれば、まだまだ活躍できたのかもしれません。

 東横線そのものも来年の乗入れまでには5000系に一本化されるとのことです。同じ電車ばかりでバラエティがなくなってしまうな~と単純に思ったのですが、よく考えれば東京メトロ、東武東上線、西武池袋線からも直通車両がやってくるわけで、それはそれでまた楽しめるのかもしれません。東横線を西武の電車が走るというのも何だか不思議な感じです。

 ところでこの場所は今でも写真が撮れるのでしょうか?

2012年5月 3日 (木)

昔の西武の記念切符

 今年は西武鉄道創立100周年となり(新宿線ユーザーの私としては、川越鉄道=現国分寺線開業から起算するととっくに100周年を迎えている!と思っているのですが・・・)、公式サイトでも今後いろいろなイベントを開催することが告知されています。来る5月7日には記念切符も発売となるそうです。好きな方はおそらく駅に並んで記念切符を手に入れることと思いますが、私は全く関心がありません。
 しかし、ふと思い出して引き出しの中を漁ってみると、昔購入した西武の記念切符が出てきました。自分でもすっかり忘れていた切符です。「こんな切符を買っていたんだ~」と我ながら感心することしきりです。スキャンしてみましたので、ご覧ください。

60 池袋線開業60周年記念(昭和50年4月発売)
(上)デハ5561形 昭和3年 川崎造船製
(中)E1形蒸気機関車 武蔵野鉄道開業時に購入したそうです。
(下)ご存知5000系レッドアロー

 当たり前ですが、運賃が40円、60円と言うのはとっても安く感じます。今年が100周年ですから、60周年と言うことは40年前ですね。「西武鉄道創立60周年」ではなく、「池袋線開業60周年」というところが気になります。当時は私の主張通り、川越鉄道開業が西武の始祖であると考えていたのではないかと邪推します。

50新宿線開通50周年・西武新宿駅ビル完成記念(昭和52年4月発売)
(上)モハ500形 昭和年に製造された(旧)西武鉄道の電車です。
(中)西武新宿駅ビル(pepe)と5000系
(下)2000系

 西武新宿線開通(東村山~高田馬場)50周年切符も買っていました。pepeができたとはいえ、西武新宿駅は今から見るとまだ新宿の「場末」感が漂っています。特急「おくちちぶ」というのも懐かしいです。休日のみ運転される、当時新宿線唯一の特急でした。この列車に乗ると、所沢、飯能と2回も進行方向が変わることになります。新宿線も「小江戸」だけでなく「おくちちぶ」を復活させてもらいたいものです。2000系は登場したばかりの頃です。更新された現在の姿から見ると、とってもあっさりしています。

もう一つついでに・・・

800800両突破記念(昭和53年3月発売)
(上)所沢車両工場
(中)当時の主力車両勢ぞろい
(下)小手指俯瞰(?)

 所沢工場で作っているのは2000系ですね。吊掛車の501系が並んでいるのも楽しいです。小手指は101系だらけ。5000系はともかく、4扉車の2000系は何となく居心地が悪そうです。撮影用に新宿線から貸し出されたのでしょう。34年たった現在、現存するのは2000系だけとなりました。

 買っても使わない(勿体無くて使えない?)のが記念切符ですので、鉄道会社側は丸儲けです。しかも、有効期限ありますので、今この切符を持って差額を支払って電車に乗ることもできません。しかし、こうして長い年月を経てみてみると、記念でもあるし歴史的な資料でもあることが分かります。

2012年4月29日 (日)

西武鋼製車のステンレスドア

 毎日のように西武電車を眺めている沿線住民としてはあまり意識しないのですが、西武線の101N系や2000系などの所謂「黄色い電車」=鋼製車体車のドアは、昔から無塗装のステンレスドアとなっております。ドアは塗装しない・・・と言うのは、ちょっと珍しいのかな、とふと感じました。デザイン的には、全面まっ黄色よりも、ステンレスの光沢ががよいアクセントになっていると思いますが、よく考えればとっても殺風景です。

 初めてステンレス無塗装の客用ドアを設置したのは、旧101系からと思います。当時はレモンイエローとベージュの2色塗装でしたが、ドアは無塗装でした。これが6000系登場までの鋼製車体の標準として続いていくわけです。基本的にはステンレスは地肌剥き出しでも錆びないのが利点ですので、塗装をせずにそのまま使っているのというのが実情ではないかと推察してます。それとも、なにか意図を持って塗装しなかったのでしょうか?コスト削減でしょうか?そのあたりの内情を知る由はありませんが・・・。0428_img_0312 2000N系のステンレスドア。後期の窓隅のRが小さいタイプ。ドアの部分だけアップにすると、やっぱり目立ちます。
小平(2012年3月18日)

0428_img_0751 101系2色塗装とステンレスドア。復刻塗装の271Fです。ドア窓のRが大きいタイプです。光線の具合で、ドアが微妙に波打っているのが分かります。101系は長らくこの側面デザインでした。
所沢(2012年4月9日)

0428_dcp00461 「赤電」塗装車のステンレスドア。801系と、701系冷房改造車の登場時に採用されましたが、後年黄色一色に塗装変更されました。ステンレスドアのメタリックな光沢感が一番目立つと思います。窓ガラスはHゴム押さえとなっています。
横瀬(2001年10月7日)

 同じ西武のステンレスドアと言っても、上記の通り形状も何種類かあります。さすがにHゴム押さえは姿を消しました。近年の各社の新車のトレンドを見ると、西武鉄道においてももはや鋼製車体の電車が登場することはないでしょうから、遠い将来には、この側面のデザインも消滅していくことになります。いまのうちにせっせとステンレスのドアの写真を撮っておきましょう。

0428_img_0529 30000系のドア。微妙にグラデーションのかかった帯(フィルム)が丁寧に貼られています。さらにはバリアフリーの観点から、戸あたり部には黄色の警戒色までついています。コストがかかってそうです。
小平(2012年3月22日)

 

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